2021.12月 07

山口周氏と「持続可能な社会」を考える|対談イベント「世なおしするべ!」#3 開催レポート(前編)

ポケットマルシェ代表の高橋博之が、現代社会の抱える問題の本質に迫り、有識者の方々と熱く対談するイベント「世なおしするべ!」。第3回は独立研究者、著作家、パブリックスピーカーの山口周さんをお招きして、「持続可能な社会」について考えました。

 

このブログでは、イベントの様子を前編・後編の2回にわたってご紹介します。前編では、高橋と山口さんの対談内容をまとめました。


農漁業がもつ「つくる」「あそぶ」「つながる」という価値が生を充足させる

高橋:

山口さんは著書『ビジネスの未来』で、「経済成長が完了したことをポジティブに捉えるべきだ」ということから議論をはじめていましたよね。

 

僕はコロナ禍で大学生と関わる機会が増えたのですが、生きる意味や生きる理由でつまずいている子が多いなと感じています。高学歴の子も「何がしたいかわからない」と言います。でも、これは決して悪いことではなく、自分の人生の幸せやどう生きるかということを、若い人たちが本質的に考えられるぐらい、社会に余裕が生まれたということだと思います。

 

こうした若い人たちの中には、つまずきを打破しようと、地方の農山漁村に飛び込んで行っている子も多いのですが、これにはどんな背景や意味があると思いますか?

 

山口さん:

一般的にエリートは農業をやりたがりますよね。例えばフランスを見ると、パリで活躍している人は夏に2ヶ月ほど休暇をとって地方に行き、畑を耕したり、釣りをしたりしています。都会に暮らして都会で仕事をする人たちが、一番やりたいことがまさにその二つなので、今の若い人たちはショートカットしていきなりやっているということなのかなと思います。

 

よくある話ですが、ある大金持ちが休暇で漁村に行って、漁村の若い人がぼんやり釣りをしているのを見て、「こんなところで魚なんか釣っていないで、俺の会社で働いて大成功して大金持ちになりたくないのか」と言うんですね。「大金持ちになって何をするの」と聞かれて、「魚を釣ったり、悠々自適の暮らしをするんだよ」と答えると、若者から「いや、今もうやってるんだけど」と言われてしまう。そういう話だと思うんですよね。

 

高橋:

物がない時代は、未来に置かれた目的のために、今という「生」を手段にする、犠牲にすることが正当化されてきました。生存に必要な条件がほぼ満たされた今は、その正当性の根拠が失われ、自然や他者と関わることで今日1日の生を充実させようとして、地方に向かっているのかなと思います。

 

山口さん:

「安全」「快適」「便利」が日本の経済価値になりましたが、これからは「つくる」「あそぶ」「つながる」という3つが大事な価値になっていくと思います。農業や漁業には、おそらくこの全部の要素がありますよね。

 

農業はまさに「つくる」で、ほとんどアート作品を作るような非常に知的な営みだと思います。できあがったものも、とても美しいですよね。

 

漁業はある種「あそぶ」で、魚とのゲームという側面があると思います。人工知能で魚群探知機のデータを読み取れないかと研究している先生がいるのですが、まだ漁師には敵わないそうです。「ここにいる」と言う漁師に「なんでわかるんですか」と聞くと、「なんとなくわかる」と。これはすごく知的なゲームとして、やりがいを感じられると思います。1年365日、雨の日も雪の日もという過酷さはもちろんあると思いますが、それもまた生の充実、生きる手応えを与えてくれる要素になると思います。

 

あとは「つながる」で、農業も漁業も、必ず仲間と協働しないとやれない仕事ですよね。

 

今の若い人たちは、本質的に生の充実を与えてくれるものを敏感に選び始めているということだと思います。

 

高橋:

秋田のある漁師は、初めて釣りをする人に必ず大きな魚を釣らせることができるんですよ。これは釣る人がすごいのではなくて、素人でも大きな魚を釣れる場所を漁師が知っているんです。彼は魚の気持ちがわかるって言うんです。今日の天気と、潮の匂いで、俺が魚になったらあそこに行くという感覚なんだそうです(笑)

 

山口さん:

それは人工知能には絶対できないですね(笑)

 

 

「ありがとう」の幅を広げる

高橋:

これまでは地方創生など、「地方が大変だから都市の人が関わってなんとかしなくちゃいけない」という文脈が主でした。ですが、これからは、都市の人が今まで充足できなかった部分を充足させられる場に、いかに地方がなっていくかという視点が大事だと思っています。

 

山口さん:

僕も、地方を支援するというフレーミングはおかしいと思っています。むしろ真逆で、東京が地方に支援されているわけです。東京の人たちは、ある意味生きるためにエッセンシャルなものは何も生み出していないのに、ものすごく消費をしています。でも、その消費を支えているのは、地方の人たち、農業や漁業に従事している人たちです。食べ物もエネルギーも、生きるにあたって必要なものを全て地方に依存していながら、税金だけ納めて地方を支援しているというのは、違うと思います。

 

高橋:

都市の人たちは働いたお金で生活を買っている、すなわち消費者ですが、その豊かな生活は、地方の持続可能性に依存していますよね。ただ、それが見えないから、「費用対効果の最大化」が消費者としての合理的な行動になってしまうんだと思います。消費を選挙の「投票」に例えるなら、地方の元気がなくなってきた今の社会は、我々消費者が数十年選挙をしてきた結果だと言えます。

 

そこで、僕らポケマルがやっているのは、「自分が誰に生かされているのか」を見えるようにしようということです。稼いだお金で生活に必要なものを買って、俺は一人で生きているんだって顔をしている人もいますが、札束や電子マネーを食べて生きているわけじゃないよねと。誰かが額に汗して育てた作物と交換しているだけだよねと。それが見えれば、人間は「ありがとう」と言う気になります。

 

生かされている、そしてまた自分も誰かを生かしているということが可視化されれば、お金を払う行為が「ありがとう」になりますし、消費者の「投票」の基準が変わると思っています。多様な個の生産者と個の消費者を結びつけることで、生かし生かされる関係を可視化し、未来を選ぶ意思表示としての消費を変えていきたいというのが、ポケマルの取り組みです。

 

山口さん:

本当にいい取り組みだなと思いました。バリューチェーンと言いますが、価値が生まれる場所と価値が消費される場所との距離が、今非常に長くなっているわけですよね。しかも何人もの手が入るようになっています。そうすると、最終的に価値が消費された場所で生まれる「おいしい」という言葉や喜びが、価値を作った人のところに届かないんですよね。そうすると、自分がやっている仕事の意味を実感しにくくなってしまうので、バリューチェーンを短くするのは非常に重要だと思います。

 

仕事をしていて病んでいくのは、単純に「ありがとう」と誰も言ってくれないからだと思います。成果をあげると「よくやった」とは言われますが、「ありがとう」とはなかなか言われないですよね。高橋さんのやられていることは、「ありがとう」の幅を世の中全体で広げていくことなんだと思います。

 

高橋:

ポケマルで生産者と消費者の声を聞いていると、たしかに「楽しい」とか「ありがとう」の声がものすごく多いです。

 

顔が見えない生産者と消費者は、取引が終わると関係が切れるじゃないですか。でもポケマルでは、例えば生産者がおまけをつけて、そうしたら消費者は払った以上の価値を受け取った気になって、口コミで新しいお客さんを連れてくる。やりとりを重ねていくうちに、親戚付き合いのような関係にも発展していっているんです。そうすると、コロナ禍や自然災害など、どちらかの身に災いが降りかかった時にも、助け合えるんですよね。

 

山口さん:

ファイナンスの「ファイ」はファイナルの「ファイ」ですから、お金を渡して関係を終わりにするという意味です。離婚の慰謝料などもまさにそうです。マルクスは「共同体が終わるところに貨幣が生まれる」と言いましたが、ファイナンスは貸し借りの関係では生きていけなくなったところに生まれます。

 

貸し借りの関係になると、生きるのがどんどん楽しくなっていきますよね。

 

高橋:

これまでは、お互いに生かし生かされていると感じられる場、自分が存在していいんだと感じられる場は、家族や地域など地縁血縁による共同体でした。ですが、テクノロジーの力によって、ポケマルでは物理的な距離を超えてそのような場が生まれています。これは、山口さんが『ビジネスの未来』で書かれていた「コンサマトリーな社会」にもつながると思っています。

 

山口さん:

さっきの大金持ちが田舎に行ってという話は、まさに「コンサマトリー」と「インストルメンタル」の話です。

 

「インストルメンタル」は道具的、手段的という意味で、将来のために今を犠牲にする、つまり、今生きている命が道具になってしまうということです。企業に勤めているなら、その企業が成長するための道具に、自分の命、あるいは家族の命までもがなっているわけです。

 

そうではなくて、この瞬間のために生きるのが「コンサマトリー」です。それは「刹那的」とは違い、ヒューマニズムに則っています。つまり、人に喜んでもらうこと、遊びとして充実感があって楽しいっていうことです。

 

僕は飲み屋やレストランでごはんを食べるのが好きですが、お金を払う以上に「おいしかったよ」と言いたいです。また、飲食店の方も、お金をもらう以上に、テーブルから聞こえてくる「おいしい」という声やお客さんの笑顔が喜びだと言います。コロナ禍でそれができなくなってこんなに寂しいものかと思いましたね。

 

 

片方の枝を持ったまま、別の枝を掴む

高橋:

コロナ禍で関わりを失って、初めて関わりの大切さを認識した人も非常に多いと思いますが、山口さんのおっしゃる「コンサマトリーな社会」には、どのように向かっていけばいいのでしょうか?

 

山口さん:

大きく人生の舵を切らなくちゃいけない、とみんな考えていると思うんですよね。今の会社を辞めて移住する、というように。でもそうなると、二の足を踏んでしまう。

 

今は、片方の枝を持ったまま、別の枝を掴むことがしやすい世の中になってきていると思います。たとえば、東京の会社に勤めたまま地方に移住して、平日はリモートワークをし、土日は移住先のコミュニティに関わり、自分に向いているかどうかを試すこともできます。

 

試すことはとても重要です。いきなり正解を欲しがる人も多いですが、一気に全部移すというのは危ない考え方だと思います。何が自分にフィットするのかは実際に試さないとわからないので、10年くらいかけて色々試してみるのがいいと思います。

 

昔は移住すると仕事も一緒に移りましたが、今は東京の会社でもらった給料を地方で使うことができます。お金の循環の距離がすごく長くなっているのも、いいことだと思います。

 

高橋:

これまでは都市が地方を税金で金銭的に支える形でしたが、どのように使われているのかがわからないと納得感がなく、無駄だという意見も出てきています。でも、地域での消費であれば、自分たちの使ったお金が誰を笑顔にして、どの地域を元気にしたのかがわかるので、いいですよね。

 

僕は、農業は民主化しなくちゃいけないし、農村は開国しなくちゃいけないと思っているんです。「関係人口」とずっと言い続けてきましたが、間口を広げて、地域といろんな関わり方ができるのが理想です。空き家や車をシェアしたり、町内会活動に参加したり、農家や漁師を手伝ったり。老後に、ではなく現役世代が、都市と地方を同時並行で生きられるといいのではないかと思います。コロナ禍でそういう生き方が現実的になってきていますし、「デジタル田園都市構想」という政策も出てきていますね。

 

山口さん:

日本は権威主義で、みんな1番のものが好きですし憧れます。だから、田舎は小さな東京を目指して、アイデンティティや多様性を失ってしまったわけです。

 

その流れを逆転させることは、過去においては非常に難しかったと思います。仕事が多い都市にどうしても人は集中してしまうからです。でも今は、テクノロジーによって、物理的な距離を問わずに仕事ができるようになりました。これは、都市から人が流失していく歴史的な契機になると思います。

 

僕はダボス会議のメンバーですが、世界は日本がどうなるのかについて大変関心を持っています。経済成長を追い求めるのではなく、取り残された人をインクルージョンしたり自然と親しむ暮らし方をしていこうという議論が出てきている中で、唯一先進国で経済成長していない国が日本だからです。うまくいっていないというだけなのですが(笑)

 

「日本は、他の先進国が目指すべき国になる可能性はあるか」と聞かれたので、それは今のところゼロだと答えておきました。ただ、ポテンシャルはあると思います。

 

高橋:

経済成長をしなくちゃいけない、給料が上がらないから幸せになれないという空気は、日本にはまだありますね。ですが、圧倒的大多数の人は満たされていて、「成長していないから幸せになれない」わけではないことに、気づく必要がありますよね。僕らは先進諸国に、反面教師として失敗例を提示するのか、新しいモデルを示せるかの瀬戸際にいるわけですね。

 

山口さん:

日本は近代化が一番最初に完了した国です。アメリカやヨーロッパと比べて日本はすごいなと感じるのは、公共施設のトイレにほとんどウォシュレットがついているところですね(笑)

 

山の登山口までウォシュレットがついているような国で、この先経済を成長させても意味ないでしょ、と思います。ここから先は、旬のものをおいしく食べて、愛する人と食卓を囲んで、昼間は気の合う仲間たちと有意義だと思える仕事をして、それで十分幸せじゃないでしょうか。幸せのあり方のモデルを再定義することが必要かなと思います。

 

高橋:

生かし生かされる関係が可視化された状態で、農やアート、社交などで時間を過ごすことは、ウェルビーイングだけでなく気候変動などの問題解決にもつながっていくと思っています。そうした活動には、大量の資源の搾取や環境の汚染が伴わないからです。SDGsなど我慢や節制が叫ばれることも多いですが、むしろ、僕らが幸せになる道をつきつめていくことが、結果的に問題解決にもつながる気がします。そういう社会になるといいな、と思っています。

 

・・・

 

さて、今回の対談は「持続可能な社会」をテーマにお送りしましたが、皆さんの中で考えは深まったでしょうか。

 

後編では、質疑応答の内容をまとめています。

 

山口周氏と「持続可能な社会」を考える|対談イベント「世なおしするべ!」#3 開催レポート(後編)

 

対談の様子は、ポケットマルシェ公式YouTubeにて動画でも公開しています。ブログに書ききれなかった話もありますので、ぜひご覧ください。

 

 

ポケットマルシェでは、「持続可能な社会」の実現が叫ばれる今、私たちの考える「ありたい社会」とそこにいたる道筋について綴った「サステナビリティページ」を、コーポレートサイト上で公開しました。山口さんのお話とも重なり合う部分があると思いますので、こちらもぜひ一度ご覧ください。

 

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