2021.5月 31

生産者さんに近い場所で暮らしながらフルリモートで働く|生産者チーム 生田 志帆

ポケットマルシェ(ポケマル)のスタッフの多くは東京のオフィスに出社していますが、地方で暮らしながらフルリモートで働いているスタッフもいます。生産者チームの生田は、大学院時代に通っていた宮城県川崎町に住み、自分でも畑を耕したり、休日には東北の生産者さんのもとを訪れたりしています。そんな彼女の暮らし方、働き方と、そこに至るまでの歩みや想いについて語ってもらいました。

 

▼ PROFILE ▼

生田 志帆(Shiho Ikuta)

兵庫県出身。開発コンサルタント等を経て、2020年5月にポケットマルシェに入社。生産者チームで登録審査や生産者サポートを担当。


川崎町で、母なる自然との関係構築が防災だと気づいた

──初めて宮城県を訪れたきっかけはなんだったのでしょうか?

 

大学3年生で卒業後の進路に悩んでいて、死ぬまでに何をしたいかを考えた時、東北に住んでみたいって思ったんです。

 

私は阪神淡路大震災の日に神戸で生まれました。震災を経験した最後の学年と言われて育ち、誕生日を言うと関西の人はピンとくるような感じで、自分と震災を切り離せないような感覚をずっと持っていました。

 

高校生の時に、東日本大震災が起こりました。ですが、私は何も動けませんでした。それがずっとひっかかっていて、大学生になったら、東日本大震災の被災地に赴き、その時できるお手伝いをしたいと思うようになりました。大学1年の春休みに、衣食住を共にしながら被災者のお手伝いをするプロジェクトに参加しました。

 

プロジェクトでは、石巻の十三浜のワカメ漁師さんにお世話になりました。漁村で過ごすのは初めてで、滞在した1週間は、全てが新鮮で、面白く、驚きと感動の連続でした。被災者とボランティアというより、一人の人間として関わっているという感覚がありました。

 

ワカメ漁や浜の暮らしについて、全てのシーズンを通して知りたいと思い、大学生の間に10回くらい十三浜に通いました。そうしながら、災害についても考えていたのですが、復興や防災という言葉が一人歩きしているような状態で、よくわからなくなりました。

 

復興途上にある東北に身を置くことで、復興を実際に体験したい。災害のことについてもっと考えてみたい。そんな思いから、東北大学の大学院に進学しました。大学院では災害復興や防災について学びました。

 

十三浜のワカメ漁師さんを手伝う大学生の生田

 

──その後、どのようにして川崎町と出会い、移住に至ったのでしょうか?

 

大学院生だった当時、私が住んでいたのは仙台でしたが、仙台から車で1時間弱のところに位置する川崎町に友人が住んでおり、よく遊びに行っていました。

 

川崎町の日常や自然に触れる中で、人間と自然との関係を考えるようになりました。それまで防災というと、「いかに自然をコントロールするか」「いかに自然に立ち向かうか」なんだと学んできたのですが、そうじゃないなと。自然は脅威ではなくて、日々の暮らしを彩り、豊かさや大変さを与えてくれるものであり、そんな母なる自然との関係を日々構築していくことが本当の意味での防災なんだろうと思うようになりました。防災ということに対してなんとなく持っていたもやもやが、川崎町ではっきりしたんです。

 

大学院卒業後は、東京で防災関係の開発コンサルタントとして就職しました。でも、コンサルタントとして携わる防災で、自然との関係を構築していくことができるのか疑問に思いました。自分の思う防災とは違うという気持ちが募った結果、3ヶ月で辞めることにしました。

 

その後は、外務省の非常勤職員として働いていましたが、新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに、3月末に東京を出て神戸に帰ることにしました。東京にはいられないと思ったんです。

 

その頃東京では、初めて外出自粛が呼びかけられ、都内のスーパーからは食料が消えました。私は家のお米をちょうど切らしていたのですが、お米が手に入らない状況にショックを受けました。食料にアクセスできないという初めての経験をして、自分を生かす力や術を持っていないということに気づきました。

 

人の行き来だけでなく、物流も止まってしまうかもしれない。そしたら食料自給率が低い日本では、食料が手に入らなくなってしまう。エネルギーもこなくなるかもしれない。神戸に帰ってからは、そんなことを悶々と考えていました。

 

ほぼ無職の状態で神戸で過ごしていた時、ポケマルスタッフであり友人でもある石川から連絡をもらいました。販路を求める生産者さんとおうち時間を楽しむ消費者の方々の急増でポケマルの人手が不足しており、よかったら働かないかという誘いでした。

 

少し前に『都市と地方をかきまぜる』(※ポケマル代表高橋の著書)を読んで、高橋の想いに共感していました。また、医療従事者、運送会社の方々、ポケマルスタッフのように忙しい人と、自分のように職がない人が存在して、労働力がうまく分配されていないことへのもやもやもあり、ポケマルで働かせてもらうことにしました。

 

神戸にいながらリモートで勤務していましたが、ずっと家の中にいる生活もつらく、神戸から出ようと考えていた時、川崎町の友人から「川崎町に来ない?」と連絡をもらいました。自分にないと気づいた生きる力や術を、川崎町にいれば身につけていけると思い、川崎町で暮らし始めました。

 

川崎町で畑仕事をする生田


生産者さんにより近い場所で学びながら、生産者チームで働く

──ポケマルではどんな仕事をしているのでしょうか?川崎町で暮らしながらフルリモートで働くことの良さはなんですか?

 

生産者チームで、生産者さんの登録審査と、登録後に出品して売っていただくまでのサポートや、そのための企画や施策を実施しています。また、農林水産省の補助事業を活用した送料無料化の取り組みも担当してます。

 

都市部にいなくてもリモートで特に不自由なく働けるのは、すごくありがたいですし、嬉しいなと思っています。昼休憩でふらっと自分でやっている畑に行ったり、最近は休日に東北の生産者さんに会いに行ったりしています。

 

──生産者さんに会いに行った話をもう少し詳しく聞かせてください。

 

今まで、石巻の十三浜、岩手の西和賀、花巻の3箇所に行きました。十三浜は大学の頃に通っていたワカメ漁師さんと、ポケマルに登録してくださっているワカメ漁師さんの2人に会ってきました。

 

同じ浜の漁師さんでも、仕事の進め方やこだわるポイント、海との関わり方などが全然違うことを知って、すごくおもしろいなと思いました。「生産者」で一括りにはできないのはもちろん、「十三浜のワカメ漁師」でも一括りにはできないと感じました。

 

ポケマルをどう使ってくださっているかなどのお話は、ふだん自分が担当している仕事に活きますし、何より生産者さんの想いを聞いて「私も頑張るぞ」といつもパワーをいただいています。

 

十三浜で漁船から見えた朝日


意志を伴う生産や消費を積み重ねることで、社会は少しずつ良くなっていく

──川崎町での暮らしやポケマルで働くことを通して、これからどんなことを実現していきたいですか?

 

ポケマルのミッションである「個と個をつなぐ」ことを通して、社会が少しでも良い方向に向かっていけばいいなと思っています。

 

私は、社会はトップダウンではなくて、ひとりひとりの行動や思いによって変わるものだと思っています。誰かによってではなく、自分たちが変わることで社会が変わると信じています。これは、大学生の時に、インドのスラムに通う中で感じたことでした。

 

私は生きる力を身につけようと思って川崎町に来て、畑を耕したりと、自給を少しずつ始めました。でも、自分だけが、川崎町だけが、食とエネルギーの自給率が高い暮らしができていても、それは平和ではないように思っています。自分も川崎町も世界とつながっていますし、貧困問題や環境問題も全てつながっています。

 

個と個がつながると、自分と世界がつながっていることを実感するようになり、自分から変わっていきます。みんなが一つ一つの生産や消費を、意味のあるものとして、意志を持って投票のように積み重ねていくことで、社会は少しずつ良くなっていくと信じています。そう思って同じ方向を向いて進んでいく人たちを、ポケマルを通して増やしていけたらと思っています。

 

インタビュー中の生田

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